ワークマンのデータ経営

株式会社ヤプリ提供コンテンツ 会員限定 2020/04/20

 ワークマン専務 土屋哲雄氏に聞く、「データ経営」でアマゾンに負けない仕組みを作れたワケ

一般消費者向けの「WORKMAN Plus」をヒットさせ、作業服の地味なイメージを塗り替えたのがワークマンだ。一橋大学大学院が高い収益性を実現している企業に贈るポーター賞(2019年度)など受賞している同社。圧倒的な低価格かつ高性能な製品を、プロの職人にもアウトドアやスポーツに関心のある一般消費者にも販売するユニークなビジネススタイルは、どうやって生まれたのか。その仕掛け人である同社 専務取締役 土屋 哲雄氏に話を聞いた。

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ワークマン 専務取締役 土屋 哲雄

東京大学経済学部卒。三井物産入社後、海外留学を経て、三井物産デジタル社長に就任。企業内ベンチャーとして電子機器製品を開発し大ヒット。本社経営企画室次長、エレクトロニクス製品開発部長、上海広電三井物貿有限公司総経理、三井情報取締役を経てワークマンに入社。
常務取締役経営企画・情報システム・ロジスティックス担当として、企画したアウトドアウェア新業態店「WORKMAN Plus」が日経トレンディの2019年ヒット予測ランキングで1位を獲得。「マーケター・オブ・ザ・イヤー2019」大賞を受賞するなど、注目されている。2019年6月、専務取締役経営企画部・開発本部・情報システム部・ロジスティクス部担当(現任)に就任。

このままだと先がない!

 「入社したとき、当時の社長から『ワークマンは順調ないい会社だからガツガツやらなくてもいいよ』と言われました」と語るのは、現在のワークマン躍進の仕掛け人である 専務取締役 土屋 哲雄 氏である。

 土屋氏は、三井物産で30年以上、商社マンとしてキャリアを積んだ。社内ベンチャーで数々の新規事業を立ち上げ、2006年には取締役執行役員として入った三井情報開発(現在、三井情報)でコンサルティング事業を立ち上げる。そして、2012年、親族であった当時のワークマン会長 土屋 嘉雄 氏(2019年9月に退職)から、最高情報責任者(CIO)として同社に招かれた。

「入ってみたら、本当にいい会社でした。作業服というニッチな市場で圧倒的なナンバー1であり、創業以来ほぼ40年間、競合がいなかったのです。ところがしばらくして、1000店舗を出店して売り上げが1000億程度になった時点で、市場が飽和することが分かったのです」(土屋氏)

 1000店舗、1,000億で限界に達するという土屋氏自身が試算したこのデータは、その後のワークマン変革の起点になる。ただし、「この会社は約40年間、競争したことがない。だから競争したら負ける」(土屋氏)

 そこで、同社は競争しなくていい市場、つまり新たなブルーオーシャン市場の創出を目指すことになる。そのために同社が掲げた目標は、「客層拡大」と「データ経営」の2つだけだった。

 この2つの目標設定をどのように戦略、戦術に落とし込み快進撃に至ったのだろうか。

「ない」と思われたところに、第2のブルーオーシャン市場を創出

 作業服市場は特殊な市場だ。製品が選ばれる基準は「マイナス10度や40度の環境に耐えられるか」「思いっきり引っ張っても破れないか」など、ほぼ100%、機能性だ。

 ただし、リーマンショック以降、市場環境は徐々に変化していった。不況のあおりで作業服を支給する会社が減り、自ら調達する作業者が増えた。さらに、団塊世代の引退で人手不足が深刻化し、若い労働力を確保するために、高機能だが“ダサい”従来の作業服から、スタイリッシュな作業服が求められるようになっていった。

 その結果、作業服業界とアパレル業界の垣根は徐々に低くなり、製品の進化とともに、同社の製品を購入する一般消費者が増えていったのである。そこで同社が目を付けたのが、アウトドア・スポーツウェア市場だった。

「調査会社に市場調査を依頼したところ、アウトドア市場はブランド企業の寡占状態であり、ブランドがないと厳しいという結果でした。しかし、製品力と価格には絶対の自信がありましたので、3年間は赤字を覚悟して、2018年9月、WORKMAN Plusを出店したところ、予想以上に当たったのです」(土屋氏)

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作業服を進化させて、アウトドア領域へ客層拡大する

 WORKMAN Plusは、アウトドア専門の店舗だ。ただし、販売している商品はWORKMANと変わらない。同じ商品を、職人・プロ向けのWORKMANと一般消費者向けのWORKMAN Plusで販売しているのである。

「従来のWORKMANは、徹底したローコストオペレーションが特徴でした。このため、商品をマネキンに着せたり、スポットライトを当てたりすることはありませんでした。全身を見られる鏡さえなかったのです。一方、WORKMAN Plusでは、一般の方に製品の魅力を伝えるため、見せ方にさまざまな工夫を凝らしました」(土屋氏)

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WORKMAN Plusの店舗内

既存アパレル企業にもアマゾンにも負けない理由

 低価格で高機能というアパレル市場は、これまで空白地帯だった。そこに同社は、4,000億規模のブルーオーシャン市場を創出した。なぜなら、そのエリアを市場にできるのは同社だけだからだ。その秘密は、同社の製品開発にある。

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「弊社は、1つの製品を開発したら5年間は必ず継続販売します。このため、5年間は他社が追いつけないであろう“ダントツ製品”を開発します。そしてその製品を低価格で提供するのです。通常、アパレルのブランドメーカーの原価率は20%前後ですが、弊社は64%ものコストをかけています。アウトドアの高級ブランドだと3万円するような製品が、弊社なら税込みで2,900円です。今後は原価率を65%に上げて、さらに参入障壁を高くすることも検討しています」(土屋氏)

 さらに、2020年3月には公式オンラインストアも開始した。かなり後発の印象だが、土屋氏は「アマゾンに負けない仕組みができたから」と次のように語る。

「アマゾンのプライベートブランドと比べても価格では負けそうにないことがわかりました。また、我々の作業服は10年間の供給を約束していますから保証の手厚さでも追随を許さないでしょう。注文いただいた商品を店舗で受け取る『Click&Collect化』をすすめ、配送費でも勝負できる状態になりました。さらに、熱心なファンとともに製品をPRする『アンバサダーマーケティング』で販促費を限りなく低くする目処もつきました。その結果、『アマゾンにも負けない』という確信が持てたので、正式にECを開始したのです」(土屋氏)

すべての打ち手の基盤となったデータ活用の取り組み

 新しいブルーオーシャン市場の創出、客層の拡大、既存のアパレル企業がマネできない製品開発、アマゾンにも負けないECの仕組み……などなど。これらの取り組みを根幹で支えているのが「データ活用」だ。

 じつは、ワークマンのデータ活用の取り組みは、土屋氏がCIOとして入った2012年から始まっている。2012年8月にはデータ活用研修を開始し、データ分析チームが設立された。2013年にはベンダーへの自動発注システムが稼働を開始し、2014年にはデータ分析のためのビジネス・インテリジェンス(BI)システムも動き始めている。

 また、2014年に策定した「中期業態変革ビジョン」では、「データ経営で新業態へ」をうたい、データ活用力を幹部登用への条件とした。

「それには、企業の文化を変えることも必要でした。改革マインドとデータ活用力の両方がなければ幹部にはしないという方針を打ち出し、出世のモノサシを変えました。ただし、それには痛みを伴いますので、同時に5年間で全社員の年収を100万円ベースアップすることを約束し、言葉通り実現させました」(土屋氏)

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 揺るがない事業があってこそだが5年以上の歳月をかけ、企業文化を醸成し、従業員のスキルを高め、「全社でデータ経営が機能する体制」を構築したのである。

ユニクロもザ・ノース・フェイスも見ていない、見ているのは「データ」だけ

 ブルーオーシャン市場の特徴は、競合を気にしなくていいことだ。ただし、唯一、気にするものがある。それが「データ」だ。土屋氏も「ユニクロも見ていませんし、ザ・ノース・フェイスが何をしても気になりません。ただし、自社データだけは徹底して見ています」という。

「データは毎日見ています。しかも、分析チームはロジスティクス、商品部、営業に3つあり、それぞれが別々にデータを分析します。一部署だけだと間違う可能性があるからです。我々が1つの商品を5年間、継続販売することができるのは、1年目は少なめに作って売り切り、2年目以降は毎年、改良を加えて±15%の精度で需給予測をして生産するからです。したがって、数字で議論することが非常に重要になるのです」(土屋氏)

 ブルーオーシャン市場を創出したワークマンの強みは、「時間」に縛られないことだろう。実際同社には、「競合よりも早く」「スピードが重要」といった文化はない。土屋氏も、プロジェクトリーダーには「時間はかかってもいい。ただし、確実にやってほしい」と伝えるという。そこで「データ」がじっくりと活用されるのである。

 そして、同社が、じっくりと時間をかけて作り上げてきた仕組みの1つが「アンバサダーマーケティング」だ。次回は、同社のマーケティング戦略を軸に、その成長の秘密に迫る。

時間帯によって変身する店、スポーツ選手やキャンパーを登用したアンバサダーマーケティング──。ソーシャルメディアなども巧みに使うワークマンの取り組みは注目される一方だ。それを支えている中心人物が、同社 専務取締役 土屋 哲雄氏だ。ブルーオーシャン市場を行く同社は、どのようなマーケティング戦略を描き、それを実行しているのか。同氏に話を聞いた。

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ワークマン 専務取締役 土屋 哲雄

マーケティング戦略は「○○60%、△△30%、□□10%」

 ワークマンにとって品質と価格で5年間は他社が追いつけないであろう“ダントツ製品”を作ることは、非常に重要な戦略だ。具体的には、低価格で高機能、そして5年間の継続販売に耐える、他社が絶対に追いつけない製品を開発するのである。

 土屋氏によると、同社のマーケティング戦略の60%を「製品戦略」が占めるという。圧倒的な製品を開発すれば、他社は追随することをあきらめて競争は起きない。競争を起こさせないことが、同社のマーケティングなのだ。

 ただし、良いものを作っただけでは売れないのも事実だ。それは、WORKMAN Plusをスタートする以前の同社にも当てはまる。

「客層拡大を目指して、アウトドア風の製品をたくさん作りました。しかし、年間の売り上げは4~5%くらいしか伸びませんでした。製品は相当よくなっているのに、売上の伸びはわずかだったのです。そこで、売り方を変えました。それが空間戦略です」(土屋氏)

 WORKMAN Plusにおけるマネキン、スポットライト、鏡……などなどを活用した見せ方が、この「空間戦略」にあたる。土屋氏によれば、同社のマーケティング戦略の30%が、この「空間戦略」だ。

 ただし、WORKMAN Plusで一定の成果を得たことで、土屋氏は「空間戦略」の割合を30%から10%に下げた。代わりに従来の10%から30%に上げたのが「アンバサダーマーケティング」だ。

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ワークマンのマーケティング戦略

マーケティング戦略の30%を占める「アンバサダーマーケティング」

 「アンバサダー(Ambassador)」とは「大使」「使節」の意味で、「アンバサダーマーケティング」は、商品やサービスの熱心なファンに情報を発信してもらうマーケティング手法だ。

 似た言葉に「インフルエンサーマーケティング」があるが、こちらはソーシャルメディアで影響力のある著名人に、商業ベースで情報発信を依頼する手法であり、その著名人が必ずしも製品・サービスのファンであるとは限らない。

 一方、アンバサダーマーケティングでは、商品・サービスの熱心のファンであることが欠かせない条件となる。実際に、ワークマンのアンバサダーは、毎週キャンプに出かける主婦、レーシングドライバー、ランニングと旅行好きのフリーライター……などなど、非常に多彩だ。

 ブログやYouTube、ツイッターなどで、ワークマンの商品の使い方や善し悪しを情報発信している個人をワークマン側が見つけて、アンバサダーの就任を依頼する。

「ただし、情報発信に対する金銭的な対価はお渡ししておりません。旅費や宿泊費、食事代は必要に応じてお支払いしますが、アンバサダーになることで、ギャランティーが発生することはありません。その代わり、製品情報を優先的に開示したり、弊社の公式ホームページやツイッター、ECサイトなどからリンクを貼ったりして、露出を増やすことに協力します」(土屋氏)

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 ほかの企業でも注目を集めつつある「アンバサダーマーケティング」だが、ワークマンの取り組みは長い。

「弊社の兄弟会社であるホームセンターのカインズは、以前からインフルエンサーマーケティングに力を入れていました。それを参考に、自己流で取り組みを始めたのが2015年です。お金の関係ではなく、ヒューマンリレーションを作ることが最も重要だと考えて、従業員よりも我々の製品を愛してくださる”熱”を持っている方々を探し、ようやく今の形になったのです」(土屋氏)

製品開発にも参加するアンバサダー

 アンバサダーは、情報を発信するだけではない。ワークマンでは、製品開発にもアンバサダーが参加する。

「溶接工向けの火花に強い綿素材で作った1900円のアウトドア用パーカーがありました。価格を抑えるためにハーフジッパーだったのですが、キャンプ好きの女性のアンバサダーから、『ハーフジップだと頭からかぶるため、女性はファンデーションや口紅が付いてしまう。高くてもフルジッパーにすべき』というご意見があり、その通り作って2500円で販売したところ、大ヒットしました」(土屋氏)

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フルジップコットンパーカー

 同社の製品にとって、価格が安いことは絶対条件だ。しかも、同社の製品は、980円、1900円、2900円など、価格が決まっている。それを、あえて価格を上げて、イレギュラーな2500円で販売することは、アンバサダーの意見がなければありえなかったという。

「アンバサダーには、社内の新製品の勉強会などにも参加してもらいます。そして、データによるとアンバサダーが開発に携わった製品は、従業員だけで開発した製品と比較すると、明らかにパフォーマンスがよいのです。さらに、自ら開発に関わった商品ですので、愛着を持って社員以上に宣伝していただけるのです」(土屋氏)

 現在、多くの企業が「オープンイノベーション」と称して、社外の組織・個人との協業に取り組んでいるが、製品開発というコア業務で「オープンイノベーション」を実践している企業は、けっして多くはないだろう。

「データによると、我々が連携しているアンバサダーによる販促力はテレビでの露出と同程度です。現在は25人ですが、50人まで増やして、他の広告はまったく使わず、アンバサダーマーケティングだけで、毎年、売り上げが20~30%伸びる会社にしたいと考えています」(土屋氏)

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チラシの文章も土屋氏が直接チェック、重要なのは一貫した「ストーリー」

 3月19日、さいたま市の「ワークマンさいたま佐知川店」が新装オープンした。同店が注目されたのは、時間によって“変身する店”だからである。

 具体的には、朝と夜はWORKMAN、日中はWORKMAN Plusに変身する。看板が自動的に切り替わり、店内のティスプレイや照明、音楽はもちろん、香りまでが変化する。その間、約2分だ。

 プロの職人が利用するWORKMANは、もともと早朝と夕方・夜間は多くの客が訪れるが、日中は少なかった。一方、アウトドア製品を求める一般消費者は日中に訪れる。その両者をうまく取り込もうとしたのだ。

 さらにそこには、マーケティングにおける一貫したストーリーが組み込まれていると、土屋氏は次のように説明する。

「おかげさまで、WORKMAN Plusは一般のお客さまには名前が知られるようになりました。しかし、同じ商品をWORKMANでも扱っていることは、あまり知られていません。そこで、このような店舗を作ったのです。『これは遊びだ』と、散々、批判されましたが、そこには『WORKMANとWORKMAN Plusは同じ商品を扱っている』というストーリーがあるのです」(土屋氏)

 商品チラシや加盟店の募集広告も含めて、土屋氏はすべての自社広告に必ず目を通すという。それは、すべての広告において「WORKMANとWORKMAN Plusは同じ商品を扱っている」など一貫したストーリーを持たせることが重要だと考えているからだ。

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第3、第4のブルーオーシャン市場も着々と準備

 快進撃を続けるワークマンだが、今後はどのような展開を考えているのか。

「2019年は、ポーター賞、マーケター・オブ・ザ・イヤーの大賞をいただいたのですが、次はソーシャル系の賞、特にインスタグラムの賞をねらいたいですね。というのは、我々はインスタが最も弱いからです。年内には、販売の場であり、情報発信の場にもなるようなインスタ専用の店舗を出したいと考えています」(土屋氏)

 では、同社にとっての脅威は何か。土屋氏は「市場を食い尽くすこと」と答える。ただし、食い尽くさない、もしくは食い尽くした後の準備も着々と進めているという。

「現在、ニッチでナンバー1をとれる第3、第4のマーケット創出の準備を進めています。たとえば、『ワークマン○○』という名前で女性向けの特殊な分野、980円だけの1プライスショップ……など、いろいろなアイデアを考えているところです。ただ、急いで取り組むと従業員が疲弊しますので、時間をかけて、じっくり取り組みたいと思います」(土屋氏)

 独自の製品開発やユニークな広告、変身する店舗やアンバサダーマーケティングなど、ワークマンの周囲には、目を奪われる派手なトピックが多い。しかし、その根底に、「データ」を唯一の羅針盤としてブルーオーシャン市場を進む「データ経営」があるのは間違いなさそうだ。

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