モース研究会のホームページを少しお手伝いしたことによって、全国の人からも見て頂けるようになりました。そこでどのように広報したのかという話を少しさせて頂きたいとペンを取らせて頂きました。
昨年入会させた頂く前までは、エドワード・S・モースは大森貝塚を発見した人という認識でした。でも実際には、この神奈川県藤沢市の江の島に東洋初の臨海研究施設を開いて、シャミセン貝などの研究をしていたり、他にも知らなかったことが沢山ありました。
そこで、まず初めにモースという人がどのような人だったのかという事について少し知って頂きたいと思います。
エドワード・S・モースは、1838年にアメリカのメイン州ポートランドに生まれた動物学者、考古学者、東洋学者です。彼は1877年から1883年の間に3回日本を訪れただけですが、大森貝塚を発見し、日本の陶磁器や文化に深い関心を持ち、日本人と一緒に生活することにより、明治時代の庶民の暮らしや気質に心底魅了されました。
彼は「Japanese Homes and Their Surroundings」(1886年)や「Japan Day by Day」(1917年)など、日本に関する優れた著作をいくつか書き、また、日本に関する多くの講演を行い、親日的な立場から日本の理解を促進しました。
またコレクターとして日本訪問中に陶磁器を5,000点以上、民俗学に関する資料を多数収集しました。ボストン美術館にある日本の陶磁器のコレクションやセーラムのピーボディ博物館にある日本の民俗学のコレクションは世界的にも有名になっています。
私が初めてモース研究会を知った時、ホームページはありましたがGoogleでモース研究会を検索しても上位に表示されていませんでした。
まずは上位表示させることが必要だと思い、手を打つことにしました。